探偵L~人狼伝説殺人事件~(16)

『虹の谷のアン』、大体のところ読み終わりました♪
 いえ、なんで大体かっていうと、昔一度読んで以来、この虹の谷は読んでなくてですね(汗)、途中から結構「え!?ここどうなるんだっけ??」な感じで、気になるところを先に読んだりしちゃったからなんです(^^;)
 他の『アンの愛情』とか『アンの幸福』とか『アンの夢の家』とかは時間を置いてまた再読したりしてるんですけど――唯一、『虹の谷のアン』だけ、何故か一度読んで以来全然読んでなかったんですよね
 そんなわけで、何かこう、自分的にはとても新しい発見をしたような、新鮮な感じでした♪(^^)
 アンシリーズが、今刊行されてるストーリーの順番どおりに発売されたわけではないっていうのは、有名な話だと思うんですけど――この『虹の谷のアン』の最終章、「笛吹きよ、来るがいい!」を読むと、モンゴメリがすでに次の巻となる『アンの娘リラ』の構想を持っていたことがよくわかります。モンゴメリの書いた小説のほとんどが子供の成長物語で、その子が成長して思春期を迎え、恋をし結婚(婚約)に至るっていうパターンのものが多いんですけど、エミリーシリーズにしてもパットシリーズにしても、よくこれだけ多岐に渡る子供のエピソードを思いつけるなあ……なんて、本当に驚かされることが多いんですよね♪
 その理由のひとつには、彼女が小さな頃から「おとぎの国へのパスポート」を持った女の子だったということ、またいつまでも子供や少女であった頃の気持ちを失わずに保ち続けた女性だったっていうことが上げられると思うんですけど――虹の谷にも、実際にモンゴメリが小さな頃に経験したことが元になってる幽霊のお話とかがあって、とても面白かったです(^^)そしてこの巻にでてくるアンの子供たちと牧師館の子供たちが、次の巻の『アンの娘リラ』ではみんな大人になっていて、しかもアンの息子のうちのひとり、ウォルターは戦争で命を落とすことになるんですよね
 正直、『アンの娘リラ』を初めて読んだ時は、アンシリーズの第一作である『赤毛のアン』よりも実は優れているのではないだろうか……と思ったほどでした。なので、『赤毛のアン』と聞いただけである種の拒絶反応を覚える方には(いえ、わたしも昔はそうだったので^^;)、この『アンの娘リラ』だけでも読んでほしいって、本当にそう思います。
 本国カナダのほうでも、カナダ史を研究する上で重要な一冊として評価が高まっていると聞きましたし、なんといってもモンゴメリ自身が第一次世界大戦と第二次世界大戦のあった頃に生きている方なので――その二度の大戦がどれほど彼女の魂と肉体の神経をすり減らしたかは、彼女の日記を読むと本当に胸が痛むほどです。
 そしてモンゴメリは自殺したのではないかという噂がかねてよりあるわけですが、彼女が亡くなったのが1942年……書簡集の最後のほうの手紙などを読むと、自分の息子が兵隊にとられるのではないかと、モンゴメリが絶望的な気持ちになっていたであろうことが窺えるんですよね。彼女の死が自殺だったのかそうでなかったのかというのは、個人的に「そっとしておいたら……」なんて思うんですけど(^^;)、モンゴメリが残したお話ってどれもすべてハッピーエンドで、前向きに生きるプラス思考のものが多いので――彼女の私生活での苦しみがあってこそ、そうした物語が紡ぎだされたっていうのは、少し想像しにくい部分があるのかもしれません。
『虹の谷のアン』もまあ、お互いに結婚しないことを誓い合った姉妹が、紆余曲折(?)の末に、最後にはそれぞれの相手と結ばれるっていう、こう書くとちょっとメロドラマ☆っぽいのに、モンゴメリが書くと物凄く説得力があるのがすごいと思う。それというのもやっぱり、モンゴメリ自身が「人生の酸いも甘いも噛み分けた」人だったからこそ、その彼女の人生の土台あってこそのハッピーエンドな物語たち……という気がするんですよね。
 さてさて、例の(?)アニーおばさんについてのエピソードが『虹の谷』ではなかったので(^^;)、次は『炉辺荘のアン』を借りてくる予定です♪自分的には虹の谷か炉辺荘のどっちかだったと記憶してるので、今度はたぶん間違いない……はず、と思ってます
 それではまた~!!(^^)/


 ↓『赤毛のアン』第7話、「レイチェル夫人恐れをなす」。レイチェル夫人に「なんて痩せっぽっちで不器量な、髪の赤い子だろう、まるで人参じゃないか」と言われ、癇癪を起こすアン(笑)

 ↓マシュウ大好き

 ↓ここも『赤毛のアン』の名シーンのひとつだと思います。
  レイチェル夫人のことをでぶ☆と言ったのは、いくら本当でも悪いことでした……とアンが詫びるシーンももちろんそうなんですけど(笑)、初めて母性というものに目覚めるマリラが、愛しくてたまらない回でもあります(^^)

 
 ↓今回初めて、掛川恭子先生訳のものを借りてきました♪(^^)今は亡き氷室冴子先生が「村岡花子先生訳のものでなければアンだという気がしない」とその昔おっしゃっていたので――わたしも「うん、そうだ!!わたしも村岡先生以外の訳のものは読まないぞ!!」とか高校生くらいの時に思いこんじゃったのですwwでも松本侑子さんの訳など、やっぱり完訳版には完訳版のよさがあったり、そこでまた村岡先生の訳を読むと新しい発見があったりで、なんかほとんど無限の可能性さえあるような気がします、アンのシリーズって。

虹の谷のアン (講談社文庫―完訳クラシック赤毛のアン 7)
講談社
L.M. モンゴメリー

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       探偵L~人狼伝説殺人事件~(16)

          第15章

 ロスファイエ村で、またひとり人が死んだ。
 といっても今度は殺人事件ではなく――肺炎をこじらせたことによる病死、ではあったのだが。
 トニー・マクドナルド、七十五歳。
 彼はぎっくり腰で臥せっていたところ、その後悪性のインフルエンザにかかり、肺炎を併発したことにより亡くなった……村の人たちはトニーのことを「百歳まで生きるに違いない、元気な頑固ジジイ」と頭から決めつけてかかっていたために――彼のこのあまりに呆気なく思われる死に、エイプリルフールに嘘をつかれた時のような、奇妙な違和感を感じたものだった。
 偏屈者のトニーが親戚の中で唯一仲良くしていたのは、ラシュネイ村に住む妹夫婦だけだったのだが、彼の葬儀には実に数多くの――ほとんど村中の人間――が集まっていたといっても過言ではない。
 アニス・ヴォーモンもまた、トニーが毎日無言で配達してくれる鶏卵のファンだったので、喪服を身に着けると助手席に自分の姪であるラケルと、後部席に悪戯小僧のロムを乗せて、黒塗りのベンツで教会へ向かっていた。
 そしてトニーの棺が四人の男たちに担がれて、教会の墓地へ埋葬されようかという時――いつもは顔の表情に変化が乏しく、何を考えているのかさっぱりわからないロムが、突然しゃくりあげながら大声で泣きだすのを見て、葬儀の参列者は実に驚いたものであった。
「いやだよお、じっちゃん。死んじゃうなんて、絶対にいやだあっ!!」
 ヴォーモン夫人の姪の膝にとり縋るようにしてロムが号泣しているのを見ると、先日茶会の席で彼がポケットに隠していたカエルに飛びかかられたホプキンス夫人までもが――思わず目尻に涙を浮かべてしまったほどだった。
 実際、この時のことをロム自身、何故人前であんなにも大声で泣いてしまったのかと、恥かしい気持ちでその後何度も思い返したものだった。
 Lこと、探偵のエルバート・ワイミーが森に住む野生児のロム・キルヒューレンをそこから連れだしたという噂は――まるで野火が広がるように、次の日のうちには村一帯に知れ渡っていたといってよい。
 トニー・マクドナルドもまた、村の小さな雑貨店で砥石を買おうとしていた時に、カウンターで主人のケネス・ダウジーと、男のくせに女のようによくしゃべると評判のトマス・マッケンジーが話しているのを聞いて――そのことを知ったというような次第であった。
「あの悪魔のような小僧を、よくもあのヴォーモン夫人が屋敷に上げることを許したもんだな」
「まったくだ。だがあの、目玉がギョロっとした東洋人にはなんとなく言い逆らえねえような雰囲気があるからな……この間も、うちの店に並んでるキャンディをじっと見つめてるんで――思わずおまけとして一本やっちまったよ。ヴォーモン夫人の使いでいつも色んなもんを買っていってくれるんで、そのくらいならいいかと思ってな」
 トニーは雑草を刈るための鎌を砥ぐのに、砥石をひとつ買おうと思っていたのだが――ふたりのその話を聞いて、カウンターに並んでいる大きなキャンディボックスの箱をまるごとひとつ、買うことにした。
「おや、じいさん。ぎっくり腰になったって聞いたけど、もう動いて大丈夫なのかね?」
「ああ、この村一帯を覆っている噂話の霊が、きっとわしの腰にもとり憑いたんだろうて」と、トマス・マッケンジーにはっきり聞こえるよう、トニーはことさら大きな声を張り上げて言った。「まったくこれは、悪性の病気じゃな。人の魂にとっては、何ひとついいことなんぞありゃしないわい」
 トニーのこのあてつけがましい言葉に一瞬ぎょっとしたケネス・ダウジーは、「孫もいないのにこんなにたくさんキャンディを買ってどうするんだね?」と、別のことにすかさず話を逸らしていた。
「金さえ払えば、おまえさんになぞ関係ないことじゃろうが」
 そう言ってトニーはポケットからユーロ紙幣と小銭をとりだして――会計を終えると、ダウジー雑貨店の虫除けの網戸がついた扉を、鈴の音も高らかに閉めて出ていった。
「あのじいさんの偏屈なのにも、困ったもんだな」
「まったくだ」
 マッケンジーとダウジーは苦笑いしながら首を振りふりそんな話をしていたが――トニーじいさんは自分がいなくなったあと、このふたりがどんな噂話に耽るかをよくよく知り抜いていたといっていい。
 あの野生児のロムは、そのうちヴォーモン夫人の逆鱗に触れるような悪事をやらかして、屋敷を追んだされるだろうとか、あの子の悪魔のようにとんがった耳を見たかね?あれは将来ろくでもないことをしでかす、身体的な前兆に違いないだの……トニーはまるで、彼らの話を目の前で見聞きしているかの如くイライラすると、道端にぺっと唾を吐きかけていた。
 そして馬車に乗って家へ帰ろうとすると、突然いなくなった兄のことを探して、道をうろうろしている妹のマーガレットと出会ったのだった。彼女は心配そうに手を揉みしだきながら歩きまわり、遠くに見慣れた馬車の姿が目にとまると、安堵したようにほっと吐息を洩らしていた。
「駄目じゃないの、兄さん」と、トニーがこの世で唯一愛しているといっていい、十歳年の離れた妹は、兄が自慢にしている鹿毛の馬を撫でながら言った。「お医者さまも、暫くは絶対安静にしてなさいっておっしゃってたでしょ?今無理をしてあちこち動きまわると、このまま本当に寝たきりになってしまうかもしれないからって」
「マーガレット、おまえには世話をかけてすまんな」
 トニーはこの時、彼にしては珍しく下手にでてそう言った。これがもし村の他の人間に対してであったとしたら、「わしがいつどこでくたばろうと、おまえさんの知ったことかね?」とでも言っていたに違いないのだが。
「ところで、エルバートさんが休憩に上がってきたら、このキャンディボックスを丸ごとあげて欲しいんだがな」
「まあ、兄さん。こんなものを買うためにわざわざ馬車の用意をして出かけなすったっていうの?」
 呆れ顔の妹に対して、トニーはそれ以上は特に何も言わなかった。ただ黙って馬から荷車を外し、厩舎に毛艶のいい馬を連れていって餌や水を与えたというそれだけである。
 そしてマーガレットはといえば、もしや年の離れた自分の兄が、ぼけはじめているのではないかと疑ってさえいたのだが――ギョロっとした目玉の東洋人が、畑の世話をして休憩時間に戻ってくると、それが何よりの彼の好物らしいということを理解したのだった。
「ありがとうございます」
 軽い食事(十枚重ねのパンケーキと紅茶)のあとに、ぺろぺろと棒つきキャンディーをなめまわす青年の姿は、見るからに奇妙ではあったが、マーガレットはあえて気にしないことにしようと思った。
(きっと向こう(東洋)とこっち(西洋)じゃ、文化に違いがあるのよ)などと、おかしな理屈によって自身を納得させつつ。
 何より、彼の後ろにはヴォーモン夫人がいるのだし、まさかそんな身元のしっかりした人が、自分の兄のちっぽけな畑や土地を狙っているということもないだろうと、この時マーガレットは思っていたのである。
「ところで、エルバートさんや」トニーは自分が気に入った人間にだけ見せる、気さくな調子でLに話しかけた。
「なんでもあんたは、野生児のロム・キルヒューレンを引きとったということだったが――それは本当かね?」
「本当ですよ」と、キャンディーをぺろぺろしつつ、Lは言った。
「まあ、行きがかり上というか、なんと言いますか……なんにしても、彼がああした生活を続けるのも、年齢的にそろそろ限界ではないかと思いましたし。ちょっとしたいいきっかけにでもなればと思ったんです」
 それでも、よくあの頑固な少年が首を縦に振ったものだと、トニーとしては感心せざるを得ない。自分が以前まったく同じことを言った時、ロムは「じっちゃんとはこれからもいい友達でいたいから、一緒には暮らせない」と言って、トニーの誘いを断っていたからだ。
「そうか。じゃあ、明日からあの少年をうちに連れてくるといい。畑のこととか、家畜の育て方についてとか――わしがみっちり仕込んでやろうと思うのでな」
「そうですか」
 ……といったような話の流れによって、次の日からロムはLに連れられて、マクドナルド家へやってくるようになった。そしてトニーは自分の有する畑地や家畜小屋の片隅に座って――ロム少年に、自分がこれまで培ってきた農耕術や牧畜術のすべてを伝授しようとしたのである。
 トニー・マクドナルドは一度ぎっくり腰になり、這ってでも移動をするのが困難な状況を経験した時、自分の寿命はおそらくもう長くないと悟っていた。もちろん、そのことを彼は血の繋がった妹にさえ話そうとはしなかったが――これまでろくに風邪ひとつひいたことのない自分が動けなくなるなど、これはきっと死の前兆に違いないと、彼は頑ななまでに信じきっていたのである。
 人づきあいが嫌いな、この偏屈で頑固なことで知られる翁は、教会というものにもろくすっぽ通ってはいなかった。
 トニー自身、キリストのことは当然信じているのだが、彼の信じる神は日曜ごとに教会へ行かないことで罰を与えたりするような、偏狭な心の持ち主ではなかったのである。
 トニーは朝目覚めた時にはそのことを神に感謝し、鶏が元気に卵を産むのを見ては、そのひとつひとつの恵みを心の底から喜ぶと同時にまた感謝した。畑の農作物が成長するのを見ては、その後ろに神御自身が立っているかのような臨在を深く感じ、また不作の年にも決して神の不在を嘆いたり、文句を並べてつぶやいたりすることもなかった。
<いつも、自分の傍らには主がいる>というこのトニーの信仰を理解しているのは、村ではクロムウェル神父ただひとりだけだったが、彼はトニーのこうした一種独特な信仰心を、鷹揚な心で受け容れ、人が彼に対して後ろ指を差す時には決まって「あの人ほど信仰の厚い人というのは、滅多にあるものじゃない」と、神の前にトニーのことを訴える人間をなだめたりしたものだった。
 ロムは、そうしたトニーのことを不思議とすぐに好きになることが出来た。何より彼には、お茶の時間に集まっては人の噂話に耽る村の婦人たちのような、いやらしいところが一切ないと感じてもいた。
 彼女たちは自分のことを、一段も二段も十段も下の者として、どこか蔑みの目でもって眺めまわしていたが――ロムはトニーじいさんに対して、ほぼ無条件で尊敬の気持ちを感じることが出来ていたといっていい。
 何より、ロムがトニーに対して心を開くことが出来たのは、鶏たちが産む<卵>の存在が大きかったもしれない。彼が森の掘っ立て小屋に暮らしていた時――週に一回、あるいは多ければ二回、必ず戸口の前に卵や野菜やお菓子などが置いてあったものだった。
 その人間が一体いつやってくるのか、最初のうちロムはまったく知らずにいたが――そのうちにひとりの小柄なおじいさんが背中に麻袋をしょってそれらの品物をただ無言で置いていくことを知るようになったのである。以来、十年にも渡って続いたその無償の行為に対して、今ロムは恩返ししたいような気持ちにさえなっていた。
「ねえ、ラケルさん。この美味しい卵は一体どこからやってくるの?」
 朝食に美味しいスパニッシュオムレツを食べながら、ロムはこの味は間違いなくトニーじいさんの金の卵だと確信しつつ、彼女にそう聞いた。
「毎日、マクドナルドのおじいさんが産みたてのを届けてくださるのよ。あのおじいさんはとっても照れ屋だから、勝手口の前に卵を置いてね、それでゼラニウムの鉢植えの下から黙って代金を持っていくの。前に一度、鉢植えの下に代金を置き忘れてしまったことがあるんだけど――トニーさんは何も言わなかったわね。代わりに次の日、二倍の代金とブルーベリーパイをお礼に置いておいたら、「金はいらねえから、あれと卵を時々交換しねえか」なんて言ったりして」
「ふうん……」
 くすくすと笑っているラケルのことを、ロムは不思議な気持ちで見つめ返していた。トニーじいさんがパイ皿を返しにきた時のことは、ロムもよく覚えている。だがそんなふうにして卵とその代金のやりとりがなされていようとは――今までまったく気づきもしなかったのだ。おそらくトニーじいさんは村中にそんな形で自分の卵の信奉者を持っているのだろう。そのことを思うとロムは、自分もそんな形で人と関わることができないものだろうかと考えざるをえなかった。
 表面的にはトニーじいさんと同じく、「偏屈者」とか「頑固」といったレッテルを普段は貼られていてまったく構わない。ただその代わりに――「だがまあ、あのじいさんの育てている鶏の卵は天下一品だ」と誰からも認めてもらえるような、何かそれにかわるものを自分も欲しいと、ロムは生まれて初めてそんなふうに感じはじめていた。
 そしてトニーのぎっくり腰が大分よくなりかけた頃、一体どこからそのウィルスをもらってきたのかは不明だが(妹のマーガレットはもしかしたら自分のせいかもしれないと、ひどく気に病んでいた)、彼は悪性のインフルエンザにかかった。
 町医者のドナルド・ボイルは、注射を一本打って薬を処方すると、「まあ次期に良くなるでしょう」と言ってマクドナルド家を去っていたが、のちにトニーは肺炎を併発して亡くなることになってしまうのである。
 妹のマーガレット自身も、最初は兄の風邪をそう深刻に受けとめていなかったのだが、日増しに彼の病状が悪化の一途を辿るのを見て、だんだん不安に駆られるようになっていった。
 そして彼が亡くなる前の死の数日間というものは、ロムもトニーの床に近づけさせてもらえなかったのだけれど、ちょうど死の前日にトニーがあまりにしつこくせがんだために――マーガレットは厩舎で馬の世話をしていたロムのこと
を家の中へ連れてくるということにした。
 トニーは、とても死にかけている老人とは思えぬ力強い手で、ロムの腕をがっしり握りしめると、一種異様なくらいの眼力でもって、彼の瞳の中をじっと覗きこんでいた。
「一体なんだよ、じっちゃん」
 ロム自身は医者が最初に言ったことをすっかり信じきっていたので、彼がまさかこの数十時間後に本当に息を引きとって死んでしまうとは――この時、まったく思ってもみなかったのである。
「おまえは、わしのようになっては、絶対にいかん……わしは……わしはな……」
 時々咳きこみながら言葉を継ごうとするトニーの背中を、ロムは何度も撫でさすってやった。
「ひとりで頑固に自分のやり方を守って、これまでずっと暮らしてきた。でもな、ロム、おまえはまだ全然子供だ。子供というのは、寂しい時には寂しいと言うべきだし、泣きたい時には大きな声で泣いたほうがいいのだよ。机の中に、鶏にやるエサの配合を書いた紙があるから、それをおまえにやろう……そうすればうちの鶏はこれからも美味しい金の卵を産むだろうて。家や土地はマーガレットにやらねばならんが、鶏だけはおまえさんに譲ってやるよ。じゃあ、わしが言いたいのは、それだけだ」
 このあとすぐに、トニーはゆっくり目を閉じてしまい、ロムの腕を掴んでいた気違いじみたような力強さも同時に消え失せていた。ロムはずっと言いたくて言えなかったこと――今までずっと、週に一度か二度、森の掘っ立て小屋の前に野菜や果物や卵などを置いていったことに対してお礼を言いたい気持ちに駆られたが、すぐそばにマーガレットがいたため、照れくささからその言葉を口にするということがどうしても出来なかった。
(また明日にでもじっちゃんとふたりきりになれたら、その時に言えばいいや)
 ロムはそう思ってその日、Lと一緒にクレマチス邸へ戻ったのだが、次の日にロムが再びマクドナルド家へやって来た時には――葬儀屋の黒い車が貧相な白塗りの家の前に止まっていたのだった。
 ロムは最初、まるで硬直したようにトニーの死を受け容れるということが出来なかった。何故ならその前日の夜、ロムは明日こそは絶対にじっちゃんにお礼を言おうと心に決めて、ベッドの中で眠りについていたからだ。
 それなのにその言葉を言う前に死んでしまうだなんて、どんなに自分が感謝していたかをじっちゃんが知ることなくこの世の人ではなくなってしまうだなんて――あんまりだとロムは思った。
 そして村で起きた事件がすべて解決したその後で――結局のところ自分が再び森へ戻ることなく、地域の人間たちの中に混ざって暮らしていく決心ができたのも、トニーじいさんのお陰だったのだと、ロムは後年思うようになる。
 トニーじいさんだけでなく、Lやラケルやヴォーモン夫人や、ロックウェル家の人々など、自分に対してよくしてくれようとした人たちの<善意>をこれ以上無駄にして生きていくことは出来ないと、ロムはトニーじいさんの死をきっかけにして、そう真剣に考えるようになっていたのだ。



 >>続く……。




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